法律時報5月号の「小特集 強制・任意・プライヴァシー」を読む。
http://www.nippyo.co.jp/magazine/maga_houjiho.html
この5月に開かれる刑法学会
http://www.clsj.jp/sir/93/index.htmの第二分科会「監視型捜査とその規律」に出席予定者にはいい予習になるだろうし、GPS情報取得捜査に関心のある向きには必読文献。
特集の理論的意義は、従来の「強制・任意の境界論」や「情報プライヴァシー権」が、科学技術を利用した捜査の劇的なコストダウンによって再考せざるをえないという適格な問題提起と、その解法の道筋を示すことにある。まさに時期を得た企画といえよう。
憲法学からは山本龍彦氏(慶応大)が、これまでの刑訴法学の「常識」であった「取得時中心主義」的思考からの脱却を説き、取得時だけで警察の捜査を統制することはできないはずだが、取得後の統制が現時点で期待出来ない以上、データを取得した後の統制が暫定的にでもGPS監視捜査には実施のハードルを高く設定すべきとして、「取得」に負荷をかけさせる(これは強制処分として規律すべきことを含意しているのだろう)ことに同意した(第一論文)。
刑訴法学からは緑大輔氏(一橋大)が、監視型捜査の規律の限界について、電話局で通信を傍受する捜査手法を強制処分と位置づけて検証許可状での執行を承認した平成11年の最高裁決定を参考に、これまでも「情報情報取得後」への問題意識がなかったわけではないと反論しつつ、GPS監視捜査は電話傍受よりも更にコストが下がっていて(権利侵害の)「上限」が崩壊していることを示唆し、情報取得前のみならず取得後の統制も必要で立法論に賛同する(第二論文)。
また、同じく刑訴法学から笹倉宏紀氏(慶応大)が監視型捜査の規律に向けて、従来の「情報プライヴァシー権」では権利保護に向けた捜査権行使の「限界付け」が出来ないことから、個人の主観的な期待に依存したプライヴァシー権論に加えて(これはおそらく米国法の伝統的な基準論である「プライヴァシーへの合理的期待」を指すのであろう)、客観的、公共的価値に根ざした監視型捜査に対する規律を検討すべきとする。その上で、限界付けに当たっては、新しい監視型捜査によって侵害される個人のプライヴァシー権の「被害分」を従前の(情報通信技術登場以前の)レベルに復元することを目標とすべきと主張し、その手法は、情報通信技術の発展を踏まえたアーキテクチャーを備えた「熟議」(立法)が相応しいと述べる。
本特集が、GPS監視捜査に令状が要求されるとした2012年の米国最高裁ジョーンズ判決に触発されていることは間違いなく、昨今の日本の法廷で争われるようになったGPS利用捜査に触れて、伝統的な刑訴法学に理論的挑戦を仕掛けようとするもので、その姿勢は好ましい。第三論文でも紹介されている稲谷論文を加えて、刑訴法学における新世代、ニュー・ムーブメントと言ってもいいだろう。
サイバー系から見るとプラバシー系が周回遅れで、刑訴法学は更に周回遅れといった感じだったのが、ようやく一気にそのスピードが加速、キャッチアップされてきた印象だ。
ただ、管理人のような旧世代から見た時に、理論的な発想やアプローチの斬新さに魅了される一方で、いくつか気になる点もある。取り急ぎ二点ほど挙げておこう。
第一は、GPS利用捜査が劇的なコスト低下でこれまでの規律手法では不十分な「情報取得後」への統制が不可欠であることは言うまでもないが、通信傍受法が情報取得後に厳しい制約をかけていた(国会報告など)こととの検討がないこと、加えて、既に公安警察を中心に実施されてきた情報収集型捜査の歴史の検討が不足している(第三論文の注で、長期間の泳がせ型捜査+ビデオ監視が実施された堀越事件第一審に触れているのみ)のが気になる。未来志向であることの意義は認められるが歴史的におこなわれてきた捜査手法や技術の統制に新たに期待される立法が(熟議によって)どれほど有効かといった展望がない。
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やはりこうした写真のような資料を踏まえて考察が進められて欲しい。従来もおこなわれてきた情報取得型捜査に対する判例の取組みや、インターネット時代以前からいかに捜査機関が当時の「テクノロジー」を捜査現場に投入していたかがビジュアルに理解できる。 学者や法律家は判例集に出てこないから知らないだけなのだ。
第二は、論者の視野にあるはずの立法の具体的素材があるのに、まったく触れられていない点だ。これはリサーチ不足なのか、スルーしているのか不明であるが。ジョーンズ判決後、米国各州ではGPS取得捜査に対する立法が相次いでおり、(管理人の調査では)既に11州で施行されている。今年に入っても3月までで5州で議会に提案がなされている。おそらくこれはもっと広がるはずだ。そこでは、情報取得期間の多少、取得後の相手方告知の有無、告知猶予の要件など州ごとに規制がばらばらだ。「熟議」されなければならない要件や手続を具体的にイメージできなければ、立法論としては不十分と言わざるを得ない。
* たとえば、こうした記事参照。
https://www.aclu.org/blog/first-nation-montana-requires-warrant-location-tracking?redirect=blog/technology-and-liberty-national-security/first-nation-montana-requires-warrant-location
そうした注文はあるけれども、現時点で監視型捜査について憲法学と刑事訴訟法学の双方から、問題意識の明確な、そして真摯な論争的主張や提案が示されたことは歓迎されるべきことで、企画者と筆者らに賛辞を贈りたい。 今年の(まだ終わっていないけれども)刑訴法学界の最も大きな収穫とされるはずだ。 そして何より、上で挙げた点を踏まえていけば、その主張は更に説得力を持ち、魅力的で、有益なものになる(ユージン・ヴォロコフ『リーガル・ライティング』参照)はずだ。