東京高裁が次のような趣旨の判断を示したとの報道があった。
千葉強盗殺人
不認定の1審破棄 東京高裁が差し戻し
毎日新聞2016年8月11日
http://mainichi.jp/articles/20160811/k00/00m/040/084000c
・・・検察側は、被告の供述を撮影した録音録画を証拠採用しなかった1審の対応を「法令違反だ」と主張したが、高裁は「法令上の義務はない」と退けた。更に「(取り調べ映像を見ることは)強い印象を残し、慎重な評価に不適切な影響を及ぼす可能性を否定できない。録音録画を実質証拠として用いるのは慎重な検討が必要」と安易な証拠化を戒めた・・・
おそらく日本で裁判所が明示的に取調べ映像の再生について危険性
を指摘した初めてのケースではないかと思われる。
判決は次のように述べている。
本件で問題となるのは捜査機関の管理下で行われた取調べにおける
被告人の供述であるから,供述態度による信用性の判断は更に困難と
考えられる。・・・
捜査機関の管理下において,弁護人の同席もない環境で行われる被
疑者等の取調べでは,以上のような条件は備わっていないのであり,
その際の供述態度を受動的に見ることにより,直感的で主観的な判断
に陥る危険性は,公判供述の場合より大きなものがある・・・
このように、弁護人から助言が得られる法廷と異なり、取調室の孤立した
状況を映像で見ることの危険性を指摘するとともに、次のように録画映像
の法廷での再生の危険性を説明した。
・・・改正法で定められた録音録画記録媒体の利用方法を超えて,
供述内容とともに供述態度を見て信用性の判断ができるというような
理由から,
取調べ状況の録音録画記録媒体を実質証拠として一般的
に用いた場合には,取調べ中の供述態度を見て信用性評価を行うこと
の困難性や危険性の問題を別としても,我が国の被疑者の取調べ制
度やその運用の実情を前提とする限り,公判審理手続が,捜査機関の
管理下において行われた長時間にわたる被疑者の取調べを,記録
媒体の再生により視聴し,その適否を精査する手続と化すという懸
念があり,そのような,直接主義の原則から大きく逸脱し,捜査から
独立した手続とはいい難い審理の仕組みを,適正な公判審理手続
ということには疑問がある
と指摘するのである。
判決は、被疑者取調録画制度を推進することで取調室の密室性を
打破する契機となることと、そうした録画映像を法廷で再生し、証拠
として用いることを峻別すべきであるという指宿説*を支持している。
いわゆる「実質証拠化」問題に警鐘を鳴らす、重要な判断といえる
であろう。
* 『被疑者取調録画制度の最前線: 可視化をめぐる法と諸科学』
(法律文化社、2016.6) 特に最終章を参照。
https://www.hou-bun.com/cgi-bin/search/detail.cgi?c=ISBN978-4-589-03774-9